強く望む事か 適当でもいいか
・あなただけ見えない
視力が低かった頃の話をしてみます。
(死ぬほど長いうえにオチも無いので注意)
※
物心ついた時点で、既に目が悪かった。
小学校1〜2年生の段階で、一番前の席から黒板が見えなかったのを覚えている。
板書を取るため必死で目を細めて黒板を見ていたのが、俺の一番古い「学校生活」の記憶だ。
仙台のアーケード街にあるメガネ屋に連れて行かれ、初めてメガネをかけた。
祖母と両親が居た記憶がうっすらと残っている。昭和と平成の境目くらいの年だ。
それから、俺は自分の近視を呪いながら生きることになる。
「見た目」が生活の楽しさにもっとも直結する時代である学生生活において、
牛乳瓶のフタ的な黒縁メガネをかけるのは大きなハンディキャップであった。
ただでさえ、猫背で痩せ型で目の下にくまがあって挙動不審なのに、
それにくわえてデカイ黒縁メガネである。
当時の俺は、どんより暗いオーラを聖光気のように身にまとっていた。
根暗オーラで地震を起こしたり、魔界の風に馴染ませて空を飛んだりしていた。
(ちなみに「過去の話」っぽく書いてるけど、今も十分根暗オーラ出している)
今にして振り返ると、見た目より大きな問題が心の中にあったと思うんだが、
とにかく当時の俺は「女にモテないのも」「スポーツができないのも」
何もかもがメガネと近視のせいだときめてかかっていた。
まあそういう対外的な意味を抜きにしても、純粋に生活するうえで不便だったのは確かだ。
まずメガネは、致命的に運動に向かない。
汗をかくとずり下がってきて邪魔なことこのうえないし、
つけたままだと水泳も出来ない。
ラーメンを食うときいちいち曇るし、長く使うとネジが緩んでやっぱりずり下がってくる。
眠るときいちいち外さないといけないので、うたた寝もしづらい。
無くなったら何も出来なくなる、という不安が常にある。
おまけに高いからなかなか買い換えられない。
これだけ不便要素があるのに、メリットは一切無いのだ。
今と違って当時はオシャレなメガネはあんまりなく、
「メガネ男子」的な嗜好もほぼ無かったので、
メガネは単なる邪魔者に過ぎなかった。
そして、ただでさえそんな風に思っているところに、
追い討ちをかけるような出来事があった。
たまたまメガネを外したときに女子から
「メガネ無いとかわいい」と言われてしまったのだ。
一回ならともかく、中学生のときも高校生のときにも言われた。
誤解のないように言っておくと、俺は特別かわいい顔立ちをしているわけでは全くない。
イケメン要素はどこを探しても無い、性根の腐ったドブネズミみたいな顔をしている。
では何故ミッキーマウスでもないのにカワイイといわれたのか。
それは「メガネのとき」と「外したとき」のギャップの大きさが、
好意的に働いてくれたためである。
なにしろ大橋巨泉クラスの黒縁メガネだ。
男女を逆にして考えてみれば、よく分かる。
メガネをかけた地味な女の子が、たまたまメガネを外したら
それがまあ「ごく普通の顔立ち」でも可愛く見えるような気がする。
まあメガネをかけた地味な顔立ちのほうがグッと来るような気もするが、
それはまた別ベクトルの議論なので割愛する。
ともあれ、女子に褒められたことなんて普段はほとんど無い男子にとり、
容姿を褒められるというのは大きな衝撃だった。
「そうかな?」などとはにかみながらも、その心中は穏やかではない。
完全に真に受けてしまったのだ。
その結果、俺のメガネへの憎悪はピークに達した。
メガネさえなければ人生バラ色だったのに、くらいの勢いになった。
視力の低い両親に恨み言を言うくらいだった。
ここまで読んでくれた方の多くが
「グダグダ言ってないでコンタクトにしろよ!!」と思っていることだろう。
高校二年生のとき(だったと思う)、ついにコンタクトレンズを購入した。
強度の近視だったためソフトコンタクトが使えず、ハードコンタクトを買った。
押尾学ばりのハードコアを売りにしていた当時の俺としては望むところだった。
ハードコンタクトの「常に目にゴミが入っているような違和感」にどうにか耐えた。
ただ、不思議なことに「コンタクトにした際の周囲の反応」を俺は全く覚えていない。
これだけ拘っていたのだから、何かしら覚えていてもおかしくはないのだが……。
まあ覚えてないってことはたいしたリアクションも無かったのだろう。
覚えているのは、5万くらいしたコンタクトを片方落として、
母親が泣きそうになったことくらいである。親不孝者が。
ともあれ、コンタクトにして対外的なコンプレックスは無くなったものの、
わずらわしさはメガネの比ではなかった。
すぐズレる!! 取れる!! 目が痛い!! 毎日洗浄が必要!!
そして落として踏んだらそれだけで5万円がパーという超ハイリスク!!
結局、大学に入った時点でメガネに戻ってしまった。
それから、しばらくの間はメガネ生活だったのだが、
大学内で好きな人が出来て、色気づいてまたコンタクトにし始めた。
このときは、使い捨てソフトコンタクトを使うようになった。
高校生のときは「強度近視だからソフトは無理」って言われてたんだが、
それはどうだったんだろう。よく覚えていない。
ちなみに、このときの周囲のリアクションも覚えていない。
これで対外的なコンプレックスも無くなり、またメンドくささも大分薄れたが
それでもなお「普通の人がしなくていい苦労をしている」感は根強かった。
前述した「メガネさえ無ければモテてたはず」という妙な思い込みとあいまって、
青年期の俺のイジケた性質を決定付けたと言ってもいいだろう。
結局コンタクトにしてもモテなかったのに、
「メガネさえ無ければバラ色の人生」という卑屈な考えが消えなかったのは何故だろう。
今ではもう、当時の自分の思考をなぞることさえ出来ない。
その後大学を卒業し、社会人になり、ドブを這い回るような仕事に就き
心身ともにドブネズミと化した俺は、周囲の目を気にすることが無くなった。
ただやはり「近視のせいで俺の人生を変えられてしまったのでは」だとか
「もし近視でなければ今と全然違う人生だったのでは」的な女々しい考えは
ずっと頭の片隅にこびりついたままだった。
言うまでもなく、本質的な問題はそこにはない。
「お前がイジケた青春を送ってきたのは近視のせいでもメガネのせいでもないよ。
お前自身が何の努力もしないで逃げてばかりしてきたからだよ」と
胸ぐらをつかんで怒鳴り散らしてやりたいくらいである。
まあそんなことを書いている今の俺の胸ぐらを38歳の俺がつかんで
「偉そうなこと言ってないで今からでも頑張れよ!!」と怒鳴り散らされたら困るので
あんまり書かないことにしよう。なんだこの話。
しかし近視でもこれだけ卑屈な気持ちになるのだから、
生まれ付いて障害を持った人はどれだけ大変なのだろう。
盲目の人が抱く「もし私が目が見えていれば」という思いは、
どれだけのものなんだろう。想像するだに恐ろしく感じる。
そのうえで、そういうハンディを受け入れて立ち上がる人の強さに改めて感嘆する。
話を元に戻す。
レーザー治療で近視治療ができる、と知ったのは
恐らく2004年の後半のことと思う。
会社の寮でインターネットをしていてたまたま辿り着いた。
それは近視を「不治の病」と認識していた俺にとって、
異常に魅力的な情報だったのは間違いない。
勿論、それと同時に強い不安と疑念も抱いた。
2004年当時のレーシックは、今現在よりかなり認知度が低かった。
アングラ感というか、かなりの「うさんくささ」がそこには残っていた。
買い物ならともかく「手術」である。
自分の肉体にメスを入れさせる話である。
医者がうっかりミスれば、一生涯の傷になるのだ。
まして対象は眼球。特級のリスクと言って良い。
「目にレーザーを当てる」という行為には、
多くの人が強い生理的恐怖感を持つだろう。無論俺も例外ではない。
手術について、ひたすら検索を続けた。
安全性が確かなものか、自分が騙されていないかを調べまくった。
箇条書きすると、レーシック手術の長短所は以下の通りである。
・保険が利かないので費用が高い
・現時点で失明した事例は無い
・歴史が浅いので将来的に影響が無いとは言い切れない
・近視が治る反面、老眼にはむしろなりやすい
・グレア等、悪影響が出るケースもある
・芸能人とかもやってるらしい(安心感?)
費用については、一番安くても20万といったところだったが、
当時寮生活で家賃を払っていなかった俺にとっては
それほど懐の痛い額ではなかった(今だったら号泣する額だ)。
俺は「リスクはあるけど概ね大丈夫だろ」という結論を出した。
最悪、失明することはないだろう、という。
病院の選択は悩んだが「安くて数をこなしている」ところにした。
(余談だが、最近レーシック手術で感染症被害を出しまくった病院のニュースを見て
このときの選択を間違っていたらこうなったのだと背筋の寒い思いをした)
2004年の12月に病院へ申込をして、予約が取れたのは翌年の1月だった。
「認知度が低かった」とさっき書いたが、この時点でかなり満員御礼だったようだ。
オマケにそこから検査だのカウンセリングだので、かなり時間がかかった。
実際の手術の内容については、漫画にも描いたので細かくは書かない。
別段、痛くも怖くも無かったのを覚えている。
もううろ覚えだが、確か手術後一週間は目をこすったりしないよう、
ゴーグルのようなメガネをして生活したと思う。
正直言うと、手術をして「劇的に世界が変わった」というようなことは無かった。
「よく見える!!」という感動も無かった。
まあ、当然と言えば当然のことだ。
なにしろ、コンタクトやメガネをすれば見えるのだ。
手術をして変化したのは「メガネやコンタクトをしなくて済む」という部分なので
「ゼロからプラスに」ではなく「マイナスがゼロに」なっただけなのだ。
そして、手術から5年近く経った。
当たり前のことだけど、メガネをしなくなったからといって
俺の人生が急激に明るく華やかになったりはしなかった。
でもやはり、手術をして「良かった」という思いは強い。
手術をしていなかったら、この5年はもっともっと暗いものになっていたに違いないのだ。
英断だったとつくづく思う。
視力の低かった頃のこと、もうほとんど忘れて生活していたのですが、
一緒に仕事をしている人から「オシャレメガネしてみたら?」と言われて
ちょっとだけ思い出した。
長々と書いてしまいましたが、結論を言うと
迷ったら手術してみなよ!! ということですね。
まあそれで手術して失敗したとしても一切俺は責任を取りませんが(免責)。
御清聴有難うございました。
2009年11月09日 些事 トラックバック:0 コメント:2